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ファイプロワールドレスラー工房 レスラー紹介「ミスター・ポーゴ」

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ミスター・ポーゴ

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ミスター・ポーゴ(1951年2月5日 - 2017年6月23日[1])は、日本のプロレスラー。本名は、関川 哲夫(せきがわ てつお)。群馬県伊勢崎市出身。元大相撲力士。バックボーンは柔道。

(中略)

その後プロレス志望に転じ、中学の同級生の浜田広秋(後のグラン浜田)と共に、旗揚げ間近の新日本プロレスに出向いたところ、選手のコマ不足から即時入門を許された。
1972年3月20日、足立体育館の藤波辰巳戦でデビューしたものの、山本小鉄から疎まれて知らない間に解雇をされていて旗揚げの1シリーズのみで退団した。

(中略)

リングネームは、本名の一部から『ミスター・セキ』(Mr.SEKI)。のちに、日系レスラーの大先輩であるグレート東郷にあやかり、『ミスター・トーゴー』(Mr.TOGO)に改名した。しかし実際には対戦表に『ミスター・ポーゴ』(Mr.POGO)と誤記されてしまう。プロモーターのテリー・ファンクに、これが誤記である旨抗議したが「俺がこの名に命名した」と押し切られてこのまま「ポーゴ」の名を用いるようになった。

(中略)

1990年6月、新興団体FMWを立ち上げた大仁田厚に誘われて国内復帰。WWAブラスナックル王座を巡って流血の抗争を繰り広げ、ターザン後藤と並ぶ大仁田のライバルの地位に収まるかに見えたが、ポーゴの流転癖は直っていなかった。
1991年、内紛からFMWより分裂したW★INGに移り、松永光弘らの若手を率いて過激なデスマッチ路線を推進する。オリジナルの火炎噴射を使い出したのもこの頃。しかしW★INGから1993年に単身離脱し、FMWにUターン。火炎噴射に加え、鎖鎌で相手を切り刻んだり、チェーンで首吊りにするなど、凶器を用いたヒール殺法に磨きがかかった。

ミスター・ポーゴ - Wikipedia

自分がミスター・ポーゴを見たのはFMWに出ていたときで、まだ会場内で火炎噴射が許されている時代で、5列目くらいの席に座っていたのに、リング上でこっちに向かって火炎噴射をされて「熱っ!」とびびったのを覚えています。

上記に貼り付けたウィキの情報を見ても、不運というか何というか真面目にやっていれば大物レスラーになるだけの体格はしていたのに、流浪癖というか自分の居心地の良い場所でしか生きられないというか、もったいないような気もしますが、それがミスター・ポーゴなのでしょうね。

ファイプロでの再現は、Steamワークショップで公開されたものをいじっただけですが、確実に相手を流血させるようにして、あとは火炎攻撃を出せる(当てるとは言っていない)ようにしています。

 

動画はミスター6号との異色対決です。子どもに翻弄されるミスター・ポーゴもたまにはいいでしょう。

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